数日後、オシュトルはハクとクオンを呼び出した。
仕事の依頼である。
隠密衆を全員揃えてもよかったのだが、人数が増えてきて目立つので、ハクとクオンから皆に伝えてもらうことにした。
「よく来てくれた」
挨拶もそこそこに、本題に入る。
「帝都の西門付近にある、寺子屋を調べて欲しい。おおよその出入りしている人数が分かれば良い」
二人が怪訝そうな顔をしたので、オシュトルは説明を付け加えた。
「その寺子屋が、子どもが春をひさぐのに使われているという情報がある」
「……へぇ」
クオンの耳がぴくりと動き、端正な顔がしかめられる。白く長い尻尾が、ぱた、ぱた、と床を叩いた。子どもが買われているかもしれないと聞いて、気分を害したらしい。
彼女とは対照的に、ハクはのんびりした口調で尋ねた。
「何日か調べて、人の出入りを確認すればいいんだな」
「ああ。情報が確かだとすれば、組織的な犯行という可能性もある。踏み込み過ぎぬようにな」
「はいよ。ま、こっちは人数も増えてきたからな。顔を覚えられない程度にやるさ」
「頼む。それから……この話を知らせてきたのは八柱将が一人、ウォシス殿だ。疑いたくはないが、裏があるやもしれぬ。くれぐれも用心してくれ」
「あのヒトか。分かったかな。この國を陰からまとめているという実力者だものね」
「ネタがネタだし、ネコネは見張りには参加しない方がよさそうだな。ちびすけだからって、寺子屋の子だと勘違いされたらことだ」
ハクとクオンは、早速調査の進め方について話し合い始めた。
本当は、ウコンが客のふりでもして寺子屋に入り込み、実態を調べてしまえば話は早い。女子ども混じりの隠密衆よりも、この件については適任だろう。
だがあいにく、オシュトルはもう数日は表の仕事で身動きが取れない。だからせめて、規模だけでも調べておいてもらうことにした。
ハクに子どもを買うふりをしてもらおうかとも考えたが、潜入調査だと知られた場合、ハクの腕では太刀打ちできまい。鍛えられてはきたものの、敵地で常識の通じぬ相手に大立ち回りを演じられるほどではないとオシュトルは踏んでいる。
寺子屋を隠れ蓑に子を売買するなど言語道断。ヤマトにおいても大罪である。
ただ、一部の貴族の間に稚児趣味が根強く残るせいで、取り締まりの手は甘い。オシュトルが歯痒く思っているところでもあった。
二人を屋敷から送り出したあと、オシュトルは頭を切り替えて自分の仕事に戻った。
やることは山積みだ。実感は伴わないような仕事だが、これも國のため、ヤマトの民のためだった。
さらに数日経って、ウコンは街外れにある茶屋で、クオンと落ち合っていた。寺子屋の件で報告を受けるためである。隠密衆の間で順番に見張りをすることにしたらしく、顔役であるハクとは時間が合わなかった。
この茶屋は件の寺子屋とは離れた場所にある大きな店で、価格の安さのためか、常に客が入れ替わり騒がしい。その分、少々の話し声ならば喧騒に紛れる。
「毎日出入りしてるのは、ネコネよりも年下の男の子ばかり、五、六人。不自然なのは、みんな昼過ぎに来ること。その後に来る大人は『先生』って呼ばれて出迎えられていたけど、教師のわりには毎日違う面子。そのヒトたちは大体夕方に帰って、入れ替わりに保護者を装ったヒトたちがやってくるけど、これも毎日ばらばら。その後、夜半に出てくることもあれば、朝帰りのこともある」
ウコンとは背中合わせに座ったクオンの、細長い尻尾がぱたぱたと長椅子を叩く音。
ハクと二人で屋敷に来た時と同じだ。声は平静そのものだが、内心気が立っているらしい。
「大人たちはみんな、寺子屋に入る前に、さりげないけど子どもに手で印を作って見せてる。あれで客かどうかを見分けているんじゃないかな」
「なるほどな。ほぼ確定と見ていいか」
「そう思う。ただ、中で何が行われているのかは分からない。他の悪巧みなのかも」
結局、踏み入ってみなければ分からないということだ。
ウコンは素早く、この後の手順を計算した。
今は昼過ぎ。夕方になったら、客のふりをして寺子屋に入り込む。
ただの寺子屋ならばそれまで。
ウコンが考えていたのと違う犯罪の場になっているのなら、調べるなり捕まえるなりする。
そしてもし、ウォシスが示唆した通り、子どもたちが売られているなら。
決定的な場面を押さえ、売り手と買い手をふん縛る。売り手のほうは売らざるを得ない事情があるのだろうから気の毒だが、逃しておくほうが危険だ。子どもを自由にしておけば、背後にいる黒幕に厳しい責め苦を受けるか、最悪の場合口を封じられるだろう。
問題は、罪状が明らかではない以上、公的な権力である検非違使を動かせないということだ。
検非違使を周囲に敷いておいて、ウコンが単身で入り込み、制圧したら検非違使に知らせる。それが手っ取り早いし安全だが、この手は使えない。
とはいえ、こちらはウコン、つまりオシュトルである。
子どもが五、六人なら、客を含めても十人前後。その数はオシュトルにとって、敵と呼んでいいかさえ怪しいものであった。
仮面の者であれば、仮に相手が武装した兵だとしても容易に打ち勝てる数。ましてや年端もゆかぬ子どもと、気を抜いて無防備な状態の大人。
むしろ、うっかり殺してしまわないか、細心の注意を払う必要があった。
「ありがとよ。そこまで分かりゃあ十分だ。報酬は、ここじゃ目立つな。後日改めてでもいいか」
「構わないけど……この後はどうするの?」
「悪人をのさばらせておくわけにはいかねえ。それだけだ。客が来た時に作る手の印ってのは、どんなんだ?」
「こうかな」
クオンは艶やかな黒髪を掻き上げるように手を持っていき、とんとんと人差し指でこめかみを叩いた。
「分かった。さて、そうと決まりゃ善は急げだ。代金はここに置いてくぜ。ゆっくりしていってくんな」
「ウコン」
ウコンは二人分には十分な額の現金を置き、席を立つ。
早く子どもたちを助け出さねばと、そのことで頭がいっぱいになって、クオンの尻尾が椅子を叩く音が速まったのにも気づかずに。