新しい夜が来る

 充電器に繋いだスマートフォンが奏でる音で、支我はペンを置いた。
 センター試験までひと月を切った。興が乗ってくるとつい深夜まで問題を解いてしまうが、睡眠時間は確保する必要がある。歯止めとして、夜十二時にアラームを設定していた。
 止めようと手を伸ばすと、スマートフォンが短く震える。龍介からメッセージが届いたところだった。
 ――おめでとう。
 唐突な五文字に首をひねるが、メッセージアプリの日付表示を見て思い出した。今日、十二月二十日は、支我の誕生日だ。
 日付が変わった瞬間に連絡をもらえるとは思わなかったけれど、いかにも彼のやりそうなことである。ありがとう、と文字を打っている間に、追加のメッセージが来た。
 ――このために起きてたわけじゃないんだけど気づいたら二十日だったから!
「くっ……、あはははっ」
 本人がここにいないので、遠慮なく笑える。長い時間をともに過ごすと似るのか、深舟と龍介は瓜二つの照れ隠しをするから、面白くて仕方がない。つつくと怒り出すところまでそっくりだ。
 書きかけの返信を削除し、龍介に電話をかける。無愛想な声が応答した。
「……もしもしぃ」
「よォ。元気か?」
「さっきまで会ってただろ~」
 今日は学校もアルバイトもあったから、龍介とはずっと一緒だった。元気そうなのは実感済みだ。
「ああ、そうだな。元気ならいいんだ」
「……そんだけ?」
「うん?」
「電話してきたの」
「まあな」
「暇人かよ。お前……、まさか他の奴にも夜中に電話かけてるんじゃねぇだろうなぁ」
「さすがに、こんな時間にはな。お前だけだよ」
「へー。あっそぉ」
 興味のなさを装いきれていない。支我はスマートフォンを顔から離したのだが、こちらの動きは見破られていた。
「まーた笑ってるしぃ」
「いや……、本当はもう一つ用件があったんだ。――ありがとう」
「……おー」
 なんのことかは、言葉にしなくても伝わったようだ。電話の向こうで衣擦れの音がする。ベッドに寝転がっているらしい。
「十八歳って、なんかいろいろ解禁になるんだっけ」
「そうだな。一般的には普通自動車の運転免許取得、婚姻、あとは深夜労働もか」
「……編集長の前じゃ黙っといたほうがいいな。ふーん、十八歳かぁ。おれより年上になったのか」
「九日間だけな」
「えっ、なんでおれの誕生日知ってんの?」
 本気で驚愕したような声で、龍介が言う。
「前に話したことがあっただろう。俺が二十日、深舟が二十七日、お前が二十九日」
 十二月の下旬に固まっているので、真ん中である深舟の誕生日に、まとめて全員のお祝いをしようということになっていた。計画は莢に一任してあるが、進行中のはずだ。
「記憶力いいなー、お前」
「それくらい覚えているさ。当日の予定は?」
「予定っつったって……予備校だよ。冬期講習」
「終日か?」
「いや、朝十時から昼の三時までだけど」
「俺も、夕方まで学校で物理の特別講義があるが、その後は暇なんだ。息抜きにどこか出かけないか?」
 少し間があった。
「……二人で?」
「他に誰か誘っても構わないが、俺は二人がいい。このところ、ずっと夕隙社のメンバーで過ごしていたしな」
 音江と八汐が年内いっぱいで夕隙社から引き上げることになり、思い出作りと称して皆が構い倒しているのだった。永遠の別れではないとはいえ、仲間が減るのはやはり寂しい。
 支我も賑やかに送り出す方針には賛成だ。だが、たまには落ち着いて過ごす時間も欲しい。
 数時間前まで大はしゃぎで音江に絡み、八汐に笑いかけていた男が、他の誰にも聞かせないような声で言う。
「なら、おれ、迷惑じゃなきゃお前の部屋がいい」
「俺の部屋? 別に迷惑なんかじゃないが、何もないぞ」
「いい。ゆっくりしたい」
 同じようなことを感じていたのかもしれない。ならばと快諾する。
「わかった。前みたいに泊まっていくか?」
「ん、……んー、……んー」
「決めるのは当日でいいよ」
「じゃ、そうする」
 それから、いくつかくだらない話をして、いい加減そろそろ寝ようということになった。休みの前でも平日と同じタイムスケジュールで動く支我の体が、正確に眠気を訴えている。
 電話を切る寸前になって、龍介が「正宗」と呼んだ。
「ん?」
「まだ声に出して言ってなかったけど、誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
 耳がぴりっと痺れたかのようだ。十八歳になって初めての夜は、今まで経験したことのない感覚を抱えて眠ることになった。