モラトリアム
あれはまだ、夏休みに入る前のことだ。
クラスで文化祭の出し物について話し合った。何をやるかは多数決で決めようという話になり、支我を含めた全員が小さな紙に希望を記入した。
深舟が開票しながら読み上げる。
「お化け屋敷、お化け屋敷、脱出ゲーム、お化け屋敷、喫茶店……」
上がった意見を副委員長が黒板へ書き出し、複数票が入ったものは正の字でカウントしてゆく。お化け屋敷が多い。三年B組の生徒たちは、悪気なく歓声を上げた。
「やっぱりお化け屋敷だよね」
「先輩から先に出し物を決めてくから、去年はできなかったもんね」
「……そうよね、どこのクラスもやりたいわよね。ということは、希望が重なって抽選になってしまう可能性もあるんじゃないかしら」
深舟が抑えた口調で語りかけた。支我と龍介は例外として、彼女は同級生にひどく気を遣っている。それでも、ひところよりは素顔を見せるようになりつつあるが、話題が話題だけに相当身構えているらしい。
深舟は幽霊に関する話が嫌いだ。正確には、視えない人間と幽霊の話をすることが。
彼女の意向とは裏腹に、クラスメイトたちは早くもお化け屋敷のアイディアを出し始めていた。深舟の顔がしだいに引きつってゆく。
助け舟を出そうか。しかし、圧倒的な多数派を覆すのは容易ではない。変に庇ってもかえって不自然だろう。
支我が思案しているうちに、斜め前方でばっと手が上がった。
「はいはいはい」
「りゅ、……東摩くん? どうしたの」
「えっとぉ」
流れを変えようとしたはいいが、肝心の発言内容を考えていなかったらしい。必死に頭を回転させているのが後ろからでも見て取れる。
「……あっ、今思いついたんだけど、メイド喫茶とかどう? 友達の学校で男子がやってて、面白かったんだよねぇ」
支我も同行したから知っている。鎧扇寺高校の文化祭である。「お茶の時間ぜよ!」とメイド服姿でケーキを持ってきてくれた龍蔵院に、世界の広さを教えられた。
しかし、クラスメイトたちは異を唱える。
「ウケ狙いとしてはありだけどさー、衣装代高そうじゃない? うち公立だし、予算渋いんだよ」
「それなら大丈夫! おれ、いっぱい持ってるから」
「……いっぱい持ってるんだ。メイド服を」
「着せてんのか。彼女に。てか、いたのか。女子からはいつも『いい人』で終わるって言ってたじゃん」
「えっ、いや、誰かに着せたんじゃなくてバイトでおれが着たんだけど」
「……いっぱい着たんだ。メイド服を」
「そっか……。東摩も大変なんだな」
さーっと波が引くように、クラスメイトたちは大人の笑みを貼りつける。はぁ、とため息をついて、深舟がチョークを持った。
「……わかったわ。お化け屋敷に決定ね」
教室が喝采に包まれる。深い墓穴を掘った龍介は、両手で顔を覆っていた。
◇
幸い、三年B組の生徒たちは気持ちのいい人間ばかりで、他人の性癖についていつまでもぐちぐち言うようなことはなかった。本人のやさぐれた心も、支我と深舟のケアによって回復した模様だ。
そんな事件も過去のこととなった秋口。いよいよ本格的に文化祭の準備が始まった。三年B組の出し物はお化け屋敷ということで、このほど正式に認可が降りた。
装飾作りや衣装の用意など、事前準備にはいくら時間があっても足りない。全体の進行管理を任され、支我はこまめに各チームの進捗状況を見て回っていた。
アルバイトで培ったスキルをここで活かせるとは。進行表を組んでいたら、龍介には「お前の辞書に手抜きって言葉ないのぉ? 落丁本だから版元に送り返せよ」と呆れられた。
彼も深舟も、各自の仕事に精を出している。
「……私、制服でいいと思うんだけど」
「何言ってるの。さゆりは廃病院をさまよう少女の霊役なんだから、血のついたパジャマに決まってるでしょ。はい」
「ほ、本格的ね、この衣装……。手にするだけで呪われそうだわ。髪の毛はわざと逆毛を立てて、ぼさぼさにしてみようかしら」
「あ、それ名案。絶対怖い」
深舟と衣装チームが会話するのが聞こえる。「髪が長いから」と安直な理由で幽霊役に抜擢されて嫌がっていた彼女だが、級友と語らいながら作業を進めるのが楽しかったらしく、態度を軟化させつつあった。我慢していないか心配だったので一安心だ。
支我が進行表を眺めていると、担任の男性教師に声をかけられた。
「進み具合はどうかね」
「ああ、先生。アクシデントもありましたが、おおむね予定どおりに完成しそうです」
と、龍介がダンボールを抱えて寄ってきた。
「正宗ぇ、ちょっとここ押さえてて」
言われたとおりにすると、龍介は腕に通したガムテープを使って箱を組み上げ、直方体を作った。何個か積み重ねて柱にするのだろう。
「ありがとー」
慌ただしく装飾チームへ戻ってゆく。そのさまを眺めていた担任が、穏やかな笑みを浮かべた。
「仲良くやっているようだね」
「ええ。まるで、去年からいたみたいに溶け込んでいます」
「東摩くんもだが、支我くん、君のことだよ」
「俺ですか?」
思い当たる節はないが、人間関係で苦労しているように見えたのだろうか。
「もちろん、君のことだから、うまくやってはいるだろうがね。『うまくやる』のと『仲良くやる』のは違う」
「そういうことなら、おっしゃるとおり仲良くやっていますよ」
担任は頷き、支我の隣に立った。教室の前方からは、作業に勤しむクラスメイトたちの姿が見渡せる。
「……暮綯學園へ赴任するのは、実は二度目でね。もう二十年以上前になるかな。ここで初めて受け持ったクラスに、ある女子生徒がいたんだ。今思えば、君と同じ力があったのだろうが……」
担任が、懐かしむように目を細める。《霊》の視える人物だったということか。支我は黙って耳を傾けた。
「他人を寄せつけないところがあって、クラスで孤立していてね。家でもうまくいっていないようだった。どうにか助けてやりたくて、よく話をしたものだ。だが……ある日を境に、彼女は人が変わったようになった。『視えてよかった。自分を認めてくれる存在と出会えた』と」
視えるという事象の受け止め方は人それぞれだ。忌み嫌う者もいれば、さして苦にせぬ者もいる。分岐点になるのは、おそらく孤独の度合い。支我にとっての祖父のように、受け止めてくれる相手が存在するか否かだ。担任の教え子は、高校生になってやっと仲間と出会えたのだろう。
しかし、担任の口ぶりは苦かった。教師から見て適切な相手ではなかったのかもしれない。
「それ以来彼女は周りと『うまく』やるようになったが、『仲良く』しているようには、ついぞ見えなかった。……ここでの友は一生ものだ。ともに高め合い、時には安心して弱音を吐ける友人を、君たちには作ってほしい」
「それなら、大丈夫です。……できましたから」
作業に熱中する龍介と深舟を見つめて、支我は微笑んだ。
◇
文化祭当日。暮綯學園は、朝から大勢の人で賑わった。
支我と龍介は二人でお化け屋敷の受付を務めていたが、客足は一向に途絶えず、隣のクラスまで行列ができた。二、三分に一度の間隔で、教室内から金切り声が聞こえてくる。
支我は、「淡々としてるのが一番怖い」という龍介の演技指導に従い、世界観への導入役も兼任していた。
「さあ、お待たせしました。……入ったら最後、けして振り向かないでください。連れて行かれますから」
他校生らしき女子二人組が神妙に頷く。龍介が教室のドアを閉めると、まもなく絹を裂くような悲鳴が響き渡った。待機列に緊張が走る。
「それでは、次の方はこちらへ」
「支我くーん、東摩くんも、お疲れ様。交代の時間だよ」
「おー、もうお昼かぁ。早いなぁ」
おどろおどろしい化粧を施したクラスメイトに声をかけられ、龍介が腕時計を見る。彼女たちと受付を交代し、教室を離れてから文化祭のパンフレットを開いた。
「十二時だろ。飲食系はどこも混んでるよなぁ。腹減ってる?」
「いや、あまり。お前と一緒にいろいろつまんでいたしな。先に他を回って、後で食事にするのはどうだ?」
「そうしよ。なぁ、おれ、ここ行きたい」
龍介が指さしたのは、二年生のクラスでおこなわれている謎解きゲームだ。支我も気になっていたので、一も二もなく賛成した。
行ってみると、個人またはチームのどちらかで参加し、もっとも早く最後の解までたどり着いた者に賞品が与えられるというシステムだった。腕章を受け取りながら龍介が言う。
「なぁ、どっちが勝つか勝負しない?」
「受けて立とう。なら、個人参加だな」
「賞品は二人分って書いてあるし、おれが勝ったら半分分けてやるよ」
「面白い。お前の礼の言い方は、聞いていて気持ちがいいからな」
「って、もうあげる側になったつもりかよ。後で吠え面かくなよぉ」
他の参加者に先を越されれば二人とも賞品を得られないが、その可能性は低いと踏んでいた。こうしたゲームが得意な支我はもちろん、龍介も細かい点に気がつくので、他人が見落としがちな手がかりをよく拾う。バイト先で実証済みだ。相手にとって不足なし。自力で最後まで到達するのはマスト、その上で彼よりも早く謎を解いて勝つ。
定刻になったところでアナウンスがあり、ゲームがスタートした。
まずは、渡されたプリントに書いてあるパズルからだ。ほとんど一瞥で解けた。支我が一ポイント先取といったところか。龍介もすぐに追い上げる。
「ってことは、このロッカーの……あ、ここだけ音が違う。で……、これは机の配置と同じだな」
次の問題を先に解いたのは彼だ。支我も負けじと室内へ目を走らせる。
用意された仕掛け自体は、二人にとっては易しいものだった。すぐそばに最強の敵がいることで難易度は跳ね上がったが、結局、支我の一問リードでゴールを迎えた。言うまでもなく全参加者中トップだ。
賞品はあの『焼肉 十八』で使えるドリンクチケットだったので、龍介はたいそう悔しがった。今度バイト帰りに二人で行く約束をし、ことなきを得る。
別のクラスで昼食を取り、三年C組で上演される舞台『暮綯怪談』を観劇しに三階へ戻ると、B組の前に人だかりができていた。
人垣の後ろに見慣れたお化けがいる。龍介がちょいちょいと彼女の肩をつついた。
「さゆりちゃん、なんかあったの?」
「龍介……支我くんも。見てよ、あれ」
ほとほと呆れ果てた様子の深舟が、顎で前方をしゃくる。高校生と思しき男女が受付の生徒に詰め寄っていた。今にも胸倉を掴まんばかりの勢いだ。
男性のほうは、髪も眉も剃り落とし、耳と唇にピアスをしている。隣の女性の腰を抱いているあたりからして、カップルだろう。龍介が呟いた。
「うわぁ。女子の前でいいとこ見せたい感じかぁ」
しかもこの時間の受付は、クラスの中でも特別内気な男子生徒。因縁をつけるにはうってつけだ。
「私、やっぱり止めてこようかしら。お客さんだと思って甘く見てれば、つけ上がって」
「まあ、待て、深舟。それより、念のため先生を呼んできてもらえるか。龍ちゃん、頼んだぞ」
「おう」
龍介が肩を回すが、支我は彼を置いて前に出た。「えっ、そっち?」と調子っぱずれな声が遠ざかる。
クラスメイトたちは、支我を見て安堵の表情を浮かべた。対処に困っていたのだろう。
「失礼します。このお化け屋敷の制作者です。何かご無礼がございましたか」
高校の文化祭に制作者も何もないが、こちらの立場を明かし、怪しまれるポイントを一つ減らしておく。警戒は攻撃に繋がりやすい。これもバイトで学んだことだ。
車椅子に乗った支我に、男は少々面食らったようだった。話ができる余地はあるな、と見定める。
「あァ? いや、こいつがよォ、オレのツレに触りやがって」
「そうでしたか」
明確な肯定も否定もせず、男に合わせて受付担当のほうへ振り向いた。彼は青くなって首を横に振る。初対面の女性にべたべた触れるような男ではない。釣り銭の受け渡しで、偶然指が触れたか何かだろう。
「それは、大変な失礼を。お怪我はなさいませんでしたか?」
女を見上げ、目を合わせた。つけまつげに縁取られたつぶらな瞳が、困ったように右往左往する。
「え、いーえ、全然……。ちょっと指先が当たっただけですもん」
「ですが、不快な思いをなさったのではありませんか?」
「ううん、別にィ。ホント、掠めたくらいだし」
本人の口から、否定の言葉を引き出す。男が張り合いを失うのがわかった。ここでさらにプライドを傷つけるようなことをしては、追い詰めて逆上させるおそれがある。支我はあえて頭を下げた。
「しかし、ご迷惑をおかけしたのは事実のようです。申し訳ありませんでした」
「まァ……そんな頭を下げるほどでも……」
「そうよ、もォ。なんか、こっちこそすいません」
「いえ。もしよろしかったら、今からでも楽しんでいってください。ちょうど空いてきたころですから」
二人がお化け屋敷に興味を示す。受付担当に合図を送ると、「どうぞお入りください」とドアを開けた。午前中の行列はなくなっているから、このタイミングならスムーズに楽しめるだろう。
一息ついたところで、人垣の奥に担任の姿を見つけた。眼鏡が呼気で白く曇っている。深舟と龍介がよほど急かしたのだろう。簡潔に顛末を伝え、教師の介入は不要になったことを申し添えた。
龍介がずかずか歩み寄ってくる。両手で頬をつまんで、にゅっと引っ張られた。
「ばかもの」
「……龍ちゃん。痛いよ」
耳慣れぬ単語が興味深くはあった。支我の人生には馬鹿だった時間のほうが少ない。なぜか機嫌を損ねている龍介の手前、表情は引き締めておく。
「キレられたらどうすんだよ。お前、とっさに逃げられんのかよ」
「あの男は、車椅子を見て怯んでいた。
「支我くん……」
深舟が頭痛を覚えたかのごとくこめかみを押さえ、瞑目する。「あなたが言ってよ」「さゆりちゃんが言ってよ」とばかりに龍介と目配せを交わし、彼女は支我の高さまでかがみ込んだ。
「私たちだって、万が一支我くんが殴られたらと思うと、気が気じゃなかったのよ」
「だが」
結果的にはうまくいった。支我の想定どおり。それでも、深舟は首を横に振る。
「自分が弱い立場に見えてしまいかねないことを利用させるのは、なんだか嫌。支我くんが私たちを庇ったせいで怪我でもしたら、もっと嫌。……わかってよ。もう、あんな思いをするのはこりごりなの」
「深舟……」
言葉尻に、支我と深舟にしか分かち合えない痛みが見え隠れしていた。龍介を庇って両脚の自由を失うさまを、彼女はかつて目の当たりにしている。
支我が謝る前に、担任教師も聞き取りを終え、顔を覗き込んできた。
「こういうときは、大人が来るのを待ちなさい。自分たちだけで解決しようとしないこと。いいかね」
「……はい」
「だが、友人を護ろうとしたその志は立派なものだ」
担任が支我の肩に手を置くと、龍介が「先生ぇ、もっと叱ってやってください」と口を出す。まだ腹を立てているらしい。
「まあ、今回は――、……セナさん?」
担任の視線が、支我を通り越して背後に注がれる。振り返ったが、多くの人々が廊下を行き交い、こちらに向かってくる者はない。
「先生?」
「ああ、すまない。昔の教え子に似た人がいたものだから。……何事もなかったのなら、引き続き文化祭を楽しんでくるといい」
担任は、B組の生徒たちに激励の言葉をかけると、廊下の向こうへ消えていった。
◇
さほど深刻ではないトラブルはあったものの、文化祭は無事終わり、体育館で開催される後夜祭を残すのみとなった。
ステージでは、有志によるバンド演奏の真っ最中だ。制服に着替えた深舟と莢も、平らな観客席で楽しそうにしている。
支我と龍介はその後方にいた。担任がクラス全員に買ってきてくれた缶ジュースを飲みながら、盛り上がる生徒たちの後ろ姿を眺める。
「お前はあっちに行かなくていいのか?」
「いいの」
断言され、会話が終わる。他の生徒が床へ直接座るのに対して、支我は車椅子の高さがある分、後ろからの視界を妨げてしまう。だからこうして最後列にいるわけだが、龍介まで付き合う理由はない。
彼はさらに語気を強める。
「おれはこっちのほうが楽しい」
「そうか? それならいいんだが」
龍介が、こく、とジュースを煽る。暗い体育館でも、喉が反らされたのはかろうじて判別できた。
「正宗は? 今日、楽しめた?」
「ああ」
即答する。
「今年は龍ちゃんがいたから、余計にな。楽しかったよ」
龍介が床から見上げてくる。ステージ以外の照明は落とされているため、はっきりとは表情が読み取れない。
彼は体を倒して、支我の車椅子にそっと寄りかかった。ロックをかけた車輪に、とっ、と軽い衝撃が伝わる。さすがに体温までは伝導されない。だが、まるで生身の体にしなだれかかられたかのようだ。
「龍ちゃん?」
「酔っ払った」
「ジュースだろう、それは。……まさかアルコールじゃないよな?」
昨今のチューハイやカクテルには、ジュースと見まごうデザインのものもある。まさか担任がそんなミスは犯さないだろうが、人間、絶対ということはない。
「飲んでみる?」
「……ジュースだな」
「でしょ~」
缶を返すと、龍介が受け取ってまた一口ジュースを飲む。見慣れた形の指だった。幾度となく支我に触れた手。だから、その感触は知っている。
既知の感覚を、それでも求めたくなる。人の望みには果てがないのか。
「……あーあ。これ終わったら、いよいよ受験かぁ。今がずーっと続けばいいのになぁ」
龍介も龍介で、大それた願いを口にした。
「大学で勉強したいことがあるんじゃなかったのか?」
「どうかなぁ~」
追及してみるが、はぐらかされる。龍介は頑なに受験する学部を教えてくれなかった。彼なりに理由があるのだろうが、深舟は知っているらしく、支我だけが仲間外れだ。寂しくないといえば嘘になる。
「やりたいこととはまた別でさぁ。今が楽しいし、幸せだし、ずっとこうしてられたらいいのにって思うよ」
支我は、その言葉が嬉しかった。片手を自らの脚の上に置く。
動かなくなったという現象自体は前回と同じ。だが二回目のそれは枷でも罰でもなく、希望のありかを教えてくれるもの。行き先に待ち受けるのが虚無だけではないと知ったから、支我は今も走れている。
「……その感情は理解できる。俺も、お前といるとそう思うことがあるよ。だが、永久に同じ場所で踏みとどまっているのなら、《霊》と変わらない。人は成長するものだからな」
「ま、そうだよな」
龍介が、車椅子に寄りかかったまま支我を仰ぎ見る。
「……けどさぁ、今はもうちょっとこうしててもいい?」
その表情を知りたいと、潤した喉がからからになるほど、強く思った。