痴話喧嘩の後の仲直りに比べれば、戦闘とは単純だ。強い者が勝つ。
さすがに最深部で待ち受けていた番人は手強かったが、二人の連携がうまくいき、無事《秘宝》を入手することができた。
遺跡から出ると、木々の頭上に真っ赤な朝焼けが見えた。ここはこの国の郊外にある山林の外れだ。獣の気配は今のところまだないが、早めに引き上げたいところだった。
そんな皆守の思惑とは裏腹に、九龍はぱっと地面へしゃがみ込む。
「なんだろ、これ」
やむを得ず皆守も腰を落とす。乾ききった色合いの草木の中に、折り重なった花びらのような白い氷がこぼれていた。
「氷華ってやつじゃないか。植物の茎の中にある水分が凍って溢れ出す。霜柱みたいなものだな」
「ひょうか? 日本語?」
「ああ。氷の華と書く。こっち方面は専門じゃないが……」
シソ科と思しき枯れた茎を触ってみる。学部生時代、講義の余談として聞きかじった知識だった。まさか異国の地で実物に出会うとは。
「ふーん。氷華、氷華ね。甲ちゃんのおかげで一つ賢くなったな。花を水に入れて凍らせるのは見たことあるけど、氷が花になるのか」
「ま、咲こうと思って咲いてるわけじゃないだろうがな」
「それは普通の花と一緒か。でも初めて見た。記念に一枚撮っとこ」
九龍がスマートフォンを出し、氷華と皆守をレンズに収める。写真に撮られるのは好きなほうではないが、手足がかじかんで動くのも億劫だったので、しゃがんだまま撮影を受け入れた。
「送信っと」
「おい。誰にだよ」
「甲ちゃんの家族」
「……はァ?」
「たまにはお前からも連絡してやれよ。心配してるぞ」
だからといって、いつの間に九龍から皆守の家族へ、生存報告など送るようになったのか。問いただしたくはあったが、ぐっとこらえて「また今度な」と答えた。さすがにこの年齢ともなれば、放蕩息子の身を案じる気持ちに思いを馳せられぬこともない。
若干の照れ隠しも含め、先に立ち上がって彼の背中を膝で押す。
「気が済んだならさっさと帰るぞ、九ちゃん。今俺たちに必要なのはまがい物の花なんかじゃなく、楽園のように暖かいベッドと安眠だ」
「あ、そういえば言ってなかったけど、次の遺跡は南のほうだから」
「南?」
「うん。オーストラリア。嫌?」
「嫌ってことはないが、北半球から南半球で季節が逆になるだろ。体が驚いて風邪でも引きそうだな」
「えー、じゃあ中間地点で一回降りて慣らす?」
「赤道だろ、真ん中は」
「確かに。けど、先に暑いのを経験しとけば平気になるかもよ」
二人は会話を交わしながら、車道のほうへと下りてゆく。
色彩に乏しい冬の山で、真っ白な氷の花だけは、訪れる春を心待ちにするかのごとく体を揺らしていた。