にゃ~ん。
空港にはいるはずのない、猫の鳴き声。
「鎌治からメールだ」
九龍がH.A.N.Tを開く。搭乗手続きを終え、二人並んでベンチで小休憩を取っていたときだった。
向かい側の席では、制服姿の少女たちが笑い合っている。卒業旅行にでも出かけるのか、と皆守は思ったが、一拍置いて考え直した。三月が卒業シーズンというのは、日本人の先入観であろう。
「おっ。四月、行けそうだって」
その言葉に、こちらもスマートフォンを出して確認する。九龍と皆守は仕事もプライベートも一緒なのだから、どちらか一方へメールを送れば事足りるのに、取手は律儀にそれぞれのアドレスへ連絡してきていた。彼のスケジュールにはいくらもないであろう空白の時間が、細かく刻んで記載されている。
「甲ちゃん、この中で無理な日ある?」
「特にはないが……一ヶ月後か。間に合うか?」
二人はこれから、オーストラリアへ向けて発つ予定だった。かつて腕利きのハンター五人が大敗を喫した、広大な遺跡が待ち受けている。依頼達成に必要な期間の長さはハンター次第。取手からバースデープレゼントを受け取れるか否かは、九龍の腕にかかっていた。
「うーん。ちょっと待ってて」
彼はそう言って、H.A.N.Tの画面を切り替えた。協会から送られた遺跡の資料が表示される。瞳の色がすうっと沈み、平凡な男に血と硝煙のにおいを纏わせてしまう。
皆守が缶コーヒーを二本買って戻ってくると、九龍はベンチの上で脚を組み、けばけばしい表紙の旅行雑誌を眺めていた。
「おっ、ありがと」
九龍はよそ見をしながら缶を開けようとし、爪を引っかけ損ねて「いて」とぼやいている。代わりにタブを起こしてやりながら、皆守は検討結果の報告を促した。
「で?」
「四月七日の二十時にウィーン。返事しちゃったけど、よかったよな?」
「構わないが、本当に大丈夫なんだろうな」
曲がりなりにもプロの判断である。疑うわけではないが、取手との約束を守らんがために強行軍となっては、余計な怪我を負いかねない。
ところが、九龍は不安に駆られるそぶりもなく、タスマニア観光のモデルコースに興味津々だった。
「あー、平気平気」
「えらく強気な口ぶりだな」
九龍は雑誌に目を落としたまま笑った。
「大丈夫だよ。卒業式にもちゃんと帰ってきただろ?」
皆守は、十年以上前の春の朝を思い返した。
根拠のない福音……ではなさそうだ。
九龍が持つ雑誌を覗き込む。これから目にすることになるであろう、新しい景色が広がっていた。ページをめくろうと手を伸ばす。
「ああ。……そうだったな」