「大切な方の結婚式? って、まさか! どっ、どうしよう、甲ちゃん。ほらあれ、リボンがついてる封筒用意しないと。中身はユーロでもいいかな? 名前どうする、連名?」
「祝儀袋はここじゃ手に入らないだろ。とりあえず落ち着け」
「ほほ、残念ながら坊ちゃまの婚礼ではありません。阿門家の遠戚ではありますが」
穏やかに否定され、九龍と皆守は揃って脱力した。
「昔お世話になった方のご子息なのですよ。婚儀では、坊ちゃまもスピーチをなさる予定でして」
「へー、じゃあ阿門もこっちに来てるんだ?」
「ええ。せっかくですから、お会いになりますか? 坊ちゃまもお喜びになるでしょう」
「久々に会いたい……けど、ごめん、仕事の途中なんだ。なんとしてもあの《秘宝》を手に入れないと」
「正確には手に入れる手段を探さないと、だな。いつ見つかるのかわかったものじゃないが」
「おや、何かお困りですか?」
千貫が興味を示す。足下に悪漢を転がしたまま話すのも気が引けたので、三人は広場にあるベンチへ移動した。
九龍が事の次第をかいつまんで説明する。千貫は考えながら答えた。
「そういえば……今回ご結婚なさる方のお屋敷に、旧王朝時代の遺産が受け継がれていると聞いたことがあります。確か、金属製と思われる一つの匣。幾度成分分析をおこなっても、正確な組成は解明できないとか。既存のいかなる材質よりも熱伝導率に優れ、『オーパーツだ』と言って寄ってくる不届き者を遠ざけるのに苦労すると……おっと、失礼」
千貫が九龍に会釈する。不届き者とやらは、《ロゼッタ協会》に連なる人間であったようだ。
皆守は千貫の話を聞き、子どものころの自由研究を思い出していた。
――冷凍庫から氷を出して、一つは紙皿、一つはアルミのトレイの上に置いてみましょう。さて、どちらが早く溶けるでしょうか?
答えは後者だ。アルミは特に熱伝導率が高い。
「九ちゃん。今の話、あの遺跡と関係している可能性はないか? たとえばその匣の上、あるいは中に氷ごと《秘宝》を置いたら、たちどころに溶ける仕掛け……とか」
「まさか……ねえ?」
半信半疑で顔を見合わせる二人に、千貫は軽く告げた。
「当主と直接お話しになってはいかがですか? この名刺をお持ちになれば、屋敷の中へ入れるでしょう」
差し出された名刺には、「阿門帝等」の名が記されている。
「そりゃ、手がかりも限られてるからありがたいけど……いいの? 阿門に確認取らないで名前を使ったりして」
千貫は笑みを浮かべた。己に預けられているものの重さを知りながら、手放すつもりは断じてなさそうに見えた。
「ええ。我が主は、主人の意図を離れて行動するような人間に、御名をお預けになどなりません。お忘れですか? 私は、坊ちゃまの執事なのですよ」