目下の課題は、遺跡の奥で《秘宝》を守る巨大な氷を、いかにして取り除くか。
九龍もとぼけた男ではあるが打つべき手は打っており、氷の一部を解析に回していた。現場で実施した簡易な分析によれば、成分は単なる水に過ぎぬようであったが、念のための詳細な調査だ。
結果が出るまでの間、二人は図書館へ出向くことにした。遺跡のギミックはその地域の文化と関連を持つ場合が少なくない。
休日ということもあり、図書館の近くにある市場は、コートやマフラーによって着ぶくれした人々で賑わっていた。一風変わった円錐形のキャベツや、カラフルなウリ科の野菜が売られている。カレーに入れたらどんな化学反応が生まれるかつい考えてしまうのは、皆守の癖といってよかった。
奇矯な目で市場をチェックする皆守の腕を、九龍が引っ張る。
「なあ、甲ちゃん。あれ」
九龍が示すほうを見ると、黒いロングコートを纏った老紳士が、ガラの悪い若者に連れて行かれるところだった。二人の姿は、角を曲がってごく細い路地へと消える。
「意外と治安悪いんだなー、この辺。危ないから一人で外出しないようにしてくれよ」
「お前……。助けに行くのかと思えば」
「え? なんで?」
本気で不思議そうな顔をする九龍を置いて、皆守は先に走り出した。よくも悪くも《秘宝》以外への関心が薄い彼とは違い、こちらは人並み程度には良心を持ち合わせている。
路地に足を踏み入れると、若い男がナイフを取り出したところだった。老紳士は困ったように帽子を押さえる。
その次に彼が取った行動は、皆守の眼をもってしても見逃しかねない速さだった。
老紳士は唐突に左手を跳ね上げ、コートの裾を顔の高さまで踊らせる。次の瞬間、肉を貫く鈍い音が響き、若い男は呻き声とともに崩れ落ちた。
ロングコートの裾で相手の視界を奪い、もう片方の手でみぞおちを打って仕留める。動作そのものはシンプルだが、スピードと躊躇のなさが老紳士の拳を凶器に仕立て上げていた。
あまりにも喧嘩慣れしている。助太刀の必要など、初めからなかったらしい。
一連のコンビネーションはコンマ数秒で終わり、老紳士の帽子をわずかにずらすことさえなかった。路地の入口で立ち尽くす皆守に、九龍が遅れて追いつく。
「もー、急に走っていかないでよ。……あれ?」
「おや、その声は……」
「……あんたは」
三人は、突然の再会に声を上げた。
帽子を取って一礼した千貫厳十郎が、片眼鏡の奥の目を細める。
「お久しぶりです。お二人とも、壮健そうで何より」
「やっぱり千貫さんだ! どうしてこんなところに?」
「ええ……この地で、大切な方の結婚式がありまして」