素直に「ごめんなさい」が言えるような人格者だったなら、《宝探し屋》にもそのバディにもなっていない。
が、《ロゼッタ協会》支部で気まずそうな顔と対面したとき、皆守はふと馬鹿らしく思った。冷戦を続ける時間が無駄だ。何があろうと、この男の隣に立ちたいと願っていることには変わりないのだから。
「この前は言いすぎた。悪かったな」
身構えていた九龍は、意外そうな表情を浮かべた後で、「俺もごめん」と小さく頭を下げた。
仕事においては優先順位の異なる二人である。いずれまた衝突する日が来るかもしれないが、この件に関してはこれで解決ということになった。仕切り直して、今後について協議する。
「協会にはこれまでのところを報告したよ。依頼の放棄はしない。《秘宝》を持ち帰る手段を探すつもり」
「となると、問題はあの氷だな。塩化カルシウムでも撒いてみるか?」
「塩化カルシウム?」
皆守は、ミーティングスペースのテーブルに指でCaCl2と書く。
「雪国じゃ、融雪剤に使うんだとさ。取手に聞いた」
「あー、そういえば鎌治って寒い地方出身だっけ」
「ああ。懸念としては溶けるまでの所要時間と、氷の中から出てくるのが《秘宝》だけで済むかどうかだな。あの遺跡ができたのは、推定……」
「紀元前十二世紀ごろ。旧王朝の繁栄時代」
「その時代にあれだけ豪勢な遺跡を造り上げた王朝が、なぜかごく短い期間で滅んだわけだろ。あの氷の中に、国一つ潰すような未知の病原菌が閉じ込められていたりしてな」
二人は見つめ合い、ダッハッハと笑い声を上げ、同じタイミングで真顔になった。九龍がテーブルの上に突っ伏す。
「大変だよねー、この仕事」
それでも諦めるつもりはないらしい。皆守は「まあ、なんとかなるだろ。少なくともここに一人は協力者がいるしな」と慰めて話を終え、席を立とうとした。
するとそのとき、フロアの中央にある広報部のデスクにざわめきが走った。足を止めた皆守の背後から、九龍がにょきっと顔を出す。
顔見知りのスタッフは、まさしく蛇に見込まれた蛙のように硬直している。侵入者か、と皆守は一瞬警戒したが、その場合に鳴らされるはずのアラームは沈黙を保っていた。
フロアの奥にある二基のエレベーター。その片方から、SPを連れた男が悠然と降りてくる。
痩せて小さくなった体躯に、ガラベーヤにも似たシルエットの白い服。一見するとただの老人だが、現役時代は手段を選ばぬ狡猾な《宝探し屋》として恐れられ、今もなお相談役の一人として協会に君臨する男だ。
そんな人間に、九龍はためらうことなく駆け寄ってゆく。
「何してんの、こんなとこで」
「ひっひ。散歩じゃよ、散歩」
男は歯を剥き出しにして笑った。
ハンターとしてのコードネームは《
皆守の知る名は、境玄道という。