氷咲く
二年先まで予定が埋まっている男と、某国のレストランで会うことになった。
現地のハンターに聞いて皆守が予約を取った、こじゃれた店だ。かといって敷居が高いというほどでもない。大きな窓から外へ目をやると、建物の間に紐を渡して吊るされた洗濯物が風にそよぎ、その下を犬と子どもが走り抜けてゆく。
街の雰囲気そのままに明るくこざっぱりした店内で、皆守が語る内容といえば。
「……で、遺跡の最深部へたどり着いたはよかったが、肝心の《秘宝》だけが巨大な氷に覆われていた。出入り口から持ち出せないくらいにな。それをあいつ、一か八かで砕こうとしやがって」
「出直すことになると、危険な道をもう一度通らないといけないからだね。皆守君を守るためにも思えるけど……」
「それで自分が危ない目に遭ってりゃ世話はない。《秘宝》に衝撃を与えて万が一罠でも作動したら、被害を受けるのは俺よりもあいつだ」
「はっちゃんも君も、心配し合っているのに喧嘩するんだね」
ティーカップを片手にさらりと言われて、皆守は言葉に詰まった。幼稚な意地の張り合いをしている自覚はある。だからこそ他人には話さずにいたのに、取手がせがむので、つい口が滑って愚痴をこぼしてしまった。
ピアニストとしての才能を開花させた取手は、超がつくほど多忙な日々を送っている。本来なら九龍も交えて一席設けたかったが、どうしても三人のスケジュールが合わなかった。その貴重な時間の使いみちがこれでいいのだろうか。そうは思いつつも、あのころには見られなかった声を上げて笑う姿に、皆守は促されるがまま話をすることにした。
やがて刻限が近づき、皆守はようやく大切な用事を思い出した。喧嘩をする前に九龍から託されていたものがあったのだった。
「そうだ、あいつと俺から渡すものがある。もうすぐ誕生日なんだろ?」
オーダーシャツのチケットだ。取手が驚きながらも微笑する。
「どうもありがとう。大事な演奏会のときに使わせてもらうよ。君たちの誕生日にお返しをしたいから、四月にまた会えるといいな」
「再来月か。現実的には、厳しいんじゃないか? 特にお前は」
高校時代と違って、男子寮か保健室へ行けば会えるわけではない。互いに世界中を駆け回る身だ。しかし取手は、春の陽射しを思わせる柔らかい笑みを浮かべた。
「努力するよ。はっちゃんにも予定を聞いてみてくれるかい?」
「ああ、わかった。あいつもお前の希望だと言われれば、仕事の調整くらいするだろう」
取手の意図を悟ったのは、彼と別れ、ワーカーホリック気味の相棒に電話をかけたときだ。
「九ちゃん、俺だ。取手の奴が――」
そういえば、九龍とは件の遺跡を出て以来口を聞いていなかった。だがこちらから連絡した手前、ここで急に通話を終えるのは不自然である。さりとて、取手に頼まれた以上、知らん顔し続けるわけにもいかない。仲直りまでの道にまっすぐレールが敷かれている。
……やられた。