ちりん。
お内儀さんが去って静かになった家に、風鈴の音が響く。
トリコリは縁側に腰かけて、オシュトルからの手紙に目を落としていた。
お内儀さんに読んでもらった内容が脳裏に蘇る。
トリコリの体を案じる言葉から始まり、簡単に近況が記されていた。
今までは仕事のことばかりだったのに、今回はなんと、興味深い人物に出会ったと書き連ねてある。
二人でこんな場所に行ったとか。
こんな言葉が面白かったとか。
こんな時に助けられたとか。
今度エンナカムイに帰る時は母上にも紹介します、とまで。
明言されてはいないが、まるで、恋に浮かれたような文面であった。
トリコリは微笑んで、手触りのよい紙を撫でた。
そういえば、オシュトルの父親から手紙をもらった時も、案外情熱的な文章が書かれていた。親子揃って大切な気持ちには嘘のつけない性分なのであろう。
我が子にこうまで言わせる人物に、俄然興味が湧いてきた。
実のところ、最近はまた寝込みがちであったのだが、寝ている場合ではない。
病とともに訪れていた弱気を追い払う。
なんとしても長生きしなければ。仕事が忙しいだろうから、すぐにとはいかないだろうが、息子が誰かを伴って帰ってくる。
あのオシュトルが意中の方を連れてくるなんて、今までなかったのだ。是非、出迎えて歓待したい。
まずは、掃除の続きだ。
そして、毎日家を綺麗にしておけるくらい、元気でいなければ。
ちりん。
トリコリは風鈴のほうへ顔を向ける。その後ろに、高い空が見える。
エンナカムイの空は、今日も青。
あの子が好きな澄み切った青が、大地の上に広がっていた。