次の休みには連れて帰ります。
この家の軒先には、いつも風鈴が下がっている。
さすがに冬は外すが、それ以外は青銅色の体をゆらゆら揺らして、ときおり涼しげな音を立てる。
ちりん。
もう、生活の一部になってしまった音だが、それでもトリコリは顔を上げた。
目を患ってからというもの、些細な動作にも時間がかかる。
幸い、子どもたちはすでに手を離れているから、トリコリには時間がたっぷりあった。
休み休み家のことを片づけて、ちょうどいいくらいだ。
廊下を掃いては一休み、布団を干しては一休み。
ちりん。
この音は、家事を始めるとつい熱中してしまうトリコリを、優しく諌める音でもあった。
風鈴が大きく鳴ったら、休むことに決めているのだ。
だって、夫であった男が、臥せりがちなトリコリのために買ってくれたものだから。
昔はもっぱら病床の慰めとして吊るしていた。だが、今はなんとか、元気でいられる時間が増えた。また床に戻ることにならないよう、風鈴が警告してくれているのだ。
夫が鬼籍に入って、ずいぶん経つ。
自分はきっとそんなに長く生きないだろう、とトリコリは考えているが、それでも夫に会うにはまだ早い。
息子の晴れ姿を直接は見ていないし、頑張り屋の娘が無理をしていないかも心配だ。二人の婚儀にはやっぱり母として参加したいし、できれば孫もこの手で抱きたい。
まだ、トリコリにはこんなに生きる理由がある。
ちりん。
風鈴が鳴る。
それに混じって、柔らかい履物が土を踏む音。
ちゃっ。ちゃっ。ちゃっ。ちゃっ。
このせかせかした音は、手伝いに来てくれているお内儀さんだ。祖父母の代まで遡ればこの家に仕えていた間柄だが、今や、単なるご近所さんに過ぎない。
「トリコリさん、お手紙が届いてましたよ」
「ありがとう」
手に取った紙は、手触りからすぐに上質なものだと知れた。思わず笑ってしまう。あの子もやっとこの手の風雅さを身につけたらしい。
誰から送られてきたのかは、分かっていた。
トリコリに手紙を送りたがる人など限られており、その中でもエンナカムイに住む人々は、トリコリの目のことを知っているから手紙ではなく直接話しにくる。
帝都にいる娘は葉書で、もっと短く、その代わりまめに便りを寄越す。
ふと思い出したように、トリコリの身を案じ、近況を書き連ねてくるのはただ一人。
きっと職場の方々に、たまには郷里の母に手紙でも書いてやれと言われて筆を執るのだろう。
優しい子だが、そういう気が回る質では、残念ながらない。
試しに手探りで封を開けてみたが、ぼんやりと墨痕らしきものが黒く見えるだけで、文面は読み取れなかった。
お内儀さんに読んでくれるようお願いして、快活な声に耳を澄ませる。
ちりん。
我が子の声を心待ちにするかのように、風鈴が鳴った。