視線が注がれている。
喉を滑る酒の旨さに揺れる尾と、ハクの声に呼応して持ち上がる耳へ。
「何でェ、アンちゃん。まだ気になるかい?」
手酌で盃を満たし、ウコンは尋ねた。
月の映る器を持つ手に差異はない。耳と尾のみが、二人の
違いに気づいたのは出会って間もなくだ。北からの旅が終わるころには、さすがに慣れてきたのか、ハクもあえて尾を持つヒトに言及することはなくなった。現実には抗わず受け流すという、元来の性状ゆえかもしれぬが。
ハクが、冷酒を舐めるようにして口に含んだ。ウコンのものと大差ない喉仏が、月明かりのふちで上下する。
「いや。気づいたんだが、こうして酒を飲んでいるときと、普段と、
「ほう」
軽く相槌を打ちながら、内心舌を巻く。
耳や尾には、持ち主の感情が表れる。
とはいえ、ウコンほどの男ともなれば、そこまで露骨ではないはずだった。性格の違いのようなもので、生まれつき耳や尾が動きやすい者はいる。しかし、彼らは刀を握る道へは進まぬことが多い。文字通り命取りになるからだ。代わりに、観客に訴えかける必要のある、歌舞音曲の世界で花を咲かせる。
見た目にわかりやすい者は煌びやかな世界へ。腹の底が知れぬ者は血生臭い世界へ。そういう役割分担で、少なくともヤマトは成り立っている。ウコンはもちろん後者。
それでも、完全に消し去れるわけではない。水面の波紋を追うようにして、ハクはウコンの揺らぎを見つめていたのだろう。
「この短い期間で、そこまで看破するたァな」
「まあ、お前のおかげというか、お前のせいというか」
「どういうことだ」
「お前が帰ったあと、布団の中が毛だらけでな」
「……む」
「そういや、閨の中では、やたら尻尾に纏わりつかれてるな――、と」
「そりゃ、悪いことをしたな」
「まったくだ。大変なんだぞ、クオンに隠れてちまちまと毛を取るのは」
艶めいた話かと思えば、まるで、粗相をした悪童のようなことを言う。ウコンはにやっと笑って、盃を置いた。
「逢瀬の翌朝に、余計な迷惑をかけるのも忍びねェ。ちと控えるとするか。もしくは、オシュトルの旦那の屋敷まで来てもらうんでも構わんが」
「冗談だろ? あそこまで往復する時間があるなら、寝ていたい」
「情がねェなァ」
ウコンが酒を飲み干すと、ハクはこちらの膳も引き寄せて、部屋の片隅へと押しやった。
「お前こそ、心にもないことを言うのはやめたらどうだ?」
「ん?」
わからぬふりで小首を曲げる。日だまりが掌中に沈む。畳の上に落ちていたウコンの影が、ハクのものと重なって大きくなった。
「まさか、本気で控えるつもりじゃないだろ」
「ふっ……、さあ、どうだかな」
酒気で色づいた指先が、ウコンの耳に触れる。
正直な尻尾が、ハクの脚に絡みつく。するっと擦れる感触は、あちらには多少くすぐったいだけだろうが、こちらにとっては言わずもがな。
「次は手伝うから、堪忍してくんな」
返事の代わりに、ようやく逞しさを得つつある男の手が、毛を逆立てるようにして尾を撫でた。