モテたい男
モテる男はまめだという。
葉佩九龍は、気が回る質ではけしてない。
だが、モテたかった。
手始めに花を買った。ラベンダーは駅前の花屋に置いていなかったから、真っ赤な薔薇を四本。
皆守は九龍を出迎えるなり眉をひそめてこう言った。
「なんだ、それは」
「プレゼント」
「この部屋のどこに飾れってんだよ」
言われてみれば、皆守のアパートは狭いワンルームで、花を飾る余地などないように思える。
九龍はうなだれた。皆守はかったるそうにカッターを取り出し、ペットボトルを洗って工作を始めた。
「そういや、薔薇を贈る時は本数によって意味が変わるとか聞いたな」
「え、そうなんだ」
「知らずに贈ってよこしたのか?」
呆れられた。九龍はさらにしょげた。
花は、意外にも丁寧に作られた即席の花瓶へ活けられ、しばらく二人の朝を彩ることになった。
その次にはケーキを買った。
宝石のようないちごが乗ったショートケーキだ。
寝ぼけ眼で玄関の扉を開けた皆守は、またしても眉をひそめた。
「なんだ、それは」
「プレゼント」
「今、何時だと思ってんだ」
深夜一時だった。時計の針の呪縛とは縁遠い九龍と違い、皆守は日本で真っ当な社会人生活を送っている。夜中に叩き起こされて腹を膨らませるなどまっぴらごめんということだろう。
引っ込めようとしたケーキの箱は、皆守の手にひょいと没収された。
数分後、洗うのが面倒だからと紙皿の上に乗ったケーキが、プラスチックのフォークとともに供された。
「こんな時間にカフェインは摂りたくないからな」
と、紙コップにミネラルウォーターも注がれる。
その次に九龍が日本へ戻った時は、同じ店のオペラが二人分用意されていた。
次はアクセサリーを贈ろうと思った。
しかし、とあるブランド店を訪ねたところ、オーダーメイドゆえ完成までに時間がかかるとのことだった。
身につけるものはめいめいの好みもあるし、高価な買い物だ。ここは本人の意見も聞いておこう。
カタログを抱えてチャイムを鳴らすと、扉から顔を出した皆守は挨拶より先に問いかけてきた。
「今度のそれはなんだ」
「プレゼント。の、カタログ」
「はァ……」
ため息をついた皆守は、九龍を自室へ招き入れ、テーブルの前に座らせた。
「九ちゃん、お前、重要なことを忘れてないか?」
「え? 甲ちゃんの誕生日はまだだろ。換金は済んだし、風呂にもちゃんと入ってきたし……」
「そうじゃない」
いくら考えを巡らせても思い浮かばない。それなのに皆守は腕組みをして、何かをこんこんと説く体勢だ。
これはもしや。
「今までのプレゼント、迷惑だったとか?」
「違う」
即答だったのは一安心だが、いよいよもって答えがわからない。九龍が唸っていると、皆守の手がとんとんとテーブルを叩いた。
「俺は言ったよな。日本へ帰ってくる時は事前に連絡しろと」
「うん。え? したよな?」
念のため、H.A.N.T.を開いてメールの送信履歴を確認する。依頼の達成直後はアドレナリンの過剰分泌で平静とはいいがたく、連絡がすっぽ抜けることもたまにはあった。
英語だらけの履歴の中に、一通だけ日本語のメールが混じっている。彼が言うから帰りの便の時間まで記してあった。
長い指がH.A.N.T.の画面を差す。
「航空会社の案内を見たが、この便が遅延したなんて情報はなかったぜ。なんで直帰してこないんだよ」
「それは、プレゼントを買うために……」
「気持ちはありがたいがな。そんなものはいいから、さっさと帰ってこいよ」
「ん?」
九龍はこの十年あまりの経験を総動員して、彼の言葉を分析した。
「早く俺に会いたいってこと?」
皆守の瞳があからさまに怒気を孕む。
「言わなきゃわからないか?」
「いや……よくわかりました」
そして、今のは非常に良かった。九龍はでれでれと表情筋を緩ませながら、脇に積んだカタログを押しのけた。皆守が手のひらで顔を点検してくる。
「それに、待ってるほうはいろいろと想像しちまうんでな」
「……悪かったよ」
《宝探し屋》はどう言い訳してもあこぎな商売だ。予定の時刻になっても帰ってこなければ、最悪の事態を連想しても無理はない。
頬に触れた手はなかなか離れなかった。慣れぬ策を弄するまでもなく、狙った相手にはとっくにモテていたらしい。
「次はまっすぐ帰ってくるからさ」
「ああ、そうしてくれ」
見上げた虹彩の色合いがじわっとぬるくにじむ。
これを見るために飛んで帰りたいといつも思うのに、どうして寄り道などできたのだろう。確かに九龍は重要なことを失念していたようだ。
今度こそ死ぬまで覚えておきたかったから、九龍はもっと近くでそれを眺めることにした。