「え~ッ、皆守クン、友達のお誕生日は祝わない派なんだァ」
教室じゅうに八千穂の声が響き渡り、皆守は弁解を余儀なくされた。
「祝わないとまでは言ってないだろ。いちいち覚えてないってだけだ」
「仲よしの子も? たとえば九チャンは?」
紙パック入りの黒ごまオレを飲んでいた九龍が、ズコッと音を立ててストローから口を離す。
彼の誕生日。
「……そういや知らないな」
「え~」
「え~」
二重奏で不満を唱えられると、皆守は防戦一方だ。この二人は一人ずつでも厄介だが、合わさるとうるささが倍以上になる。
「そんな話、する機会もなかっただろ」
「でも、あたしは知ってるよ」
「俺も二人の誕生日くらい知ってるよ」
「それは俺たちがお前の生徒手帳に生年月日を書いたからだろ」
「お返しに、九チャンのも書いてもらったじゃない。皆守クン、覚えてないの?」
覚えていないのかと問われれば、そのとおりだ。天香に入って三年目ともなれば、わざわざ校則を確認するようなこともなく、生徒手帳はしまいっぱなしの化石と化している。九龍が何か書き込んでいたことだけは、いま指摘されて思い出した。
皆守はつとめて冷静に、断片的な材料から推理を始めた。九龍の誕生日が来たら、それこそ八千穂が騒ぐに決まっている。だが、そんな話になった記憶はない。ということは、少なくとも彼は九月から十二月生まれではないと考えられる。
山をかけてみた。
「夏生まれだろ」
「ブーッ、九チャンは四月四日生まれだよ」
「あーショック。親友だと思ってたのは俺だけだったんだな」
「な……、それとこれとは関係ないだろ」
「出ました、逆ギレするタイプの男ね。俺、絶対お前とは付き合えねぇわ」
「俺だってお前なんか願い下げだ」
「えー」
「……今度はなんだよ、八千穂」
「べつに~。もったいないなァって思っただけ。九チャンってじつは女の子に人気なんだよ」
「《生徒会》の連中だけだろ」
「ほかにもいるもん」
「え、具体的に聞きたいような、そっとしておきたいような……」
なぜか土壇場でうじうじし始めた九龍の誕生日は、八千穂が連呼したせいでしっかり記憶に刷り込まれた。
まあ、どうせすぐ忘れるだろうが。