眠れぬ夜の過ごし方

「うわッ、出た」

 言うに事欠いて、そんなことをのたまうものだから。

「いて。頬骨はやめて、頬骨は」
「いま何時だと思ってんだよ」
「だから控えめにノックしたのに、出てくれるからさー、いて、いていて」

 自室の入り口で不毛な言い争いをしたあと、皆守はようやく九龍を部屋へ招き入れた。ただでさえ防音には心もとない男子寮、しかも消灯時刻はとうに過ぎている。自然と二人とも小声になった。
 自分にお呼びがかからなかっただけで、今夜もいそいそと遺跡に潜っていたのだろうと思っていたが、話を聞くと「ずっとゲームしてた」とのことだった。ずいぶんハマっているらしい。どうりで最近、朝会うと眠たげなわけだ。だいたいその時間帯は皆守のほうも眠いので突っ込んで聞いたことがなかった。

「けどいい加減寝なきゃなーって、電源落としたら、何か。BGMのない世界ってこんなに静かだったっけ? って思って」
「はあ」

 ゲームをやらない皆守にはさっぱり理解できない話だ。世界にBGMがついていないのは当たり前のことで、仮にそんなものがあったらうるさすぎてアロマパイプよりも先に耳栓を持ち歩いているに違いない。

「まあ要は、ずーっとゲームしてると、生身の人間と話したくなるわけ。それで来た」
「何で俺と」
「甲太郎の部屋が一番近かったから」

 悪びれずに言い放つので、皆守は口をへの字に曲げた。ああ、そういうやつだよなお前は。その表情をどう勘違いしたのか、自称新米《宝探し屋》はぽんぽんと肩を叩いてくる。

「安心しろよ。もちろん好意がなきゃ来ないぜ」
「お前の目は節穴らしいから言葉で言ってやるが、こっちは夜中に叩き起こされて迷惑してるんだよ」
「叩き起こすなんて。そーっとドアを撫でた程度だろ、マジで」
「俺は眠りが浅いんだよ。……ったく、妙な時間に目が覚めちまった」
「悪かったよ。なのに入れてくれて、ありがとな」

 急に素直になられて面食らい、反論の言葉を投げつけることもできずに口を閉じる。
 眠りが浅いのは本当のことだし、妙な時間に目が覚めたのも本当のこと。そして、いつものことだった。
 九龍のとぼけた顔を見て、ああこれで今夜は常のごとく砂のような時間を過ごさずに済むと、反射的に安堵したくらいだ。
 九龍はどこから出したのか……本当にどこから出した?……寝袋を広げ、中に滑り込んだ。狭い床のほとんどが寝袋で埋まる。

「おい」
「迷惑ついでに泊めてくれ。一人部屋じゃ寂しい」

 寝袋のファスナーを閉めながら、月明かりでもわかるほどに九龍が笑った。皆守はわざと聞かせてやるために大きなため息をつきながら、細く開いていたカーテンを引っ張る。間接照明などという洒落たものはないので、部屋はあっという間に真っ暗になった。
 自分以外の生命が存在していることなど忘れそうになる。しかし、すぐ横の床から、ウキウキした声が聞こえてくる。

「何か話がしたくてさ」
「たとえば?」
「えーと、肥後がくれたお菓子で二キロ太った話とか、黒塚が毎日連れ歩いてるかわいこちゃんの話とか」

 話題のチョイスがあんまりだったので却下するのに忙しく、皆守はついぞ、話がしたかったのは自分も同じだと伝え損ねた。

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